Interview with アートディレクター to-kichiさん

取材・文 森 祐子
写真 砂原 文

クスッとできることやニヤッとするようなもの、どこか違う視点をいつも探している


chisaki のコレクションイメージのアートディレクションを手がける to-kichi(トーキチ)さん。 ウィークデーは、会社員「藤吉 匡」としてブランディングやアートディレクションを手がけ、休日全てが「to-kichi」としての活動となるそう。

「to-kichi の活動は、自分が裸になったとき何をやりたいのか、ということを試す場です。 一年365日のうち、会社員としての活動が三分の二あるとしたら、その残り全てを to-kichi の活動と思っています」

とてもユニークな「自分」との付き合い方。 アートディレクターという活動を軸にしながら、作品をつくり、発表したり製品化したりしてきました。 様々に発展する作品は、どれを見ても、すまし顔をしながら、どこかユーモラスな軽やかさがあります。

「いつもクスッとできることや、ニヤッとするようなもの、どこか違う視点をつくりたいと思っています」

to-kichiさんの作品「芝の家」
自由で、凛として。その人に合ってくる帽子

chisaki では、コレクションイメージのアートディレクターとして、デザイナーの苣木紀子やチームとやりとりをしながら、 撮影のコンセプトを固め、キャスティングなどにも細かに関わります。 どのシーズンにも共通するぴいんと水を張ったような静けさは、to-kichiさんが奏でる chisaki のイメージ。 そこに拒絶するような冷たさはなく、血の通った人物が穏やかに佇んでいます。

chisaki との出会いは、偶然に。to-kichiさんの妻でお菓子作家の藤吉陽子さんと「O-Kitchen」として出展したポップアップイベントに、 chisaki の帽子も展示されたのがきっかけ。 もともと帽子にはこだわりが強いというトーキチさんは、その時、chisaki の帽子を見た途端に、素敵と思ったと言います。 しかも、主催していた土屋あすかさん(「AMB百貨」ディレクター)と、 出展していた村上千歳さんが、2人とも同じ型の chisaki を被っていて、それがまた良かったそう。

「2人とも、たまたま同じモデル(型)を被っているのにそれぞれ表情が違って、それが素敵だなと思いました。 自由さがあって、その人に合ってくる帽子、という感じ。 chisaki は、結構ラフに使えそうなのに、品がよくて凛とした感じを持ち合わせている。 実際に帽子を手に取って見せてもらうと、クオリティも高い。 そして、被っている2人が、本当にその帽子を好きだと思っていることもよく伝わってきました。 自分の頭が入るサイズがなくて、その時は買えなかったんですけどね……」

ファッションデザイナーか帽子をつくる人になりたかった

実は、to-kichiさんは、高校を出たらファッションデザイナーになりたかったそう。

「でもファッションの世界はなんだか怖そうで。 帽子もめちゃくちゃ好きで、どうやったら帽子を作れるようになるんだろうと思ったけれど、道がよくわからなかったし、 結局は、美大予備校の先生が、建築をやっておけば、将来の選択肢が広がってファッションへの可能性もある、 と言うのを聞いて、芸大を目指して上京しました。 (何年も経って)今、本当に心から素敵だと思った帽子ブランドの chisaki のお手伝いができて、夢が半分叶ったみたいな気持ち」

苣木はその頃ちょうど、ウェブサイトのアップデートを考えていました。 昔の ANTIPAST や babaco のビジュアルが好きで、ずっと誰が関わっているのだろうと探していたら、それが to-kichiさんだったそう。 派手さはなく落ち着いて静かなトーンだけれど、配色やスタイリング、写真の構図にユーモアがあって、いいなあと思っていた苣木。 友人の紹介で会えることになり、引き受けてくださったことをとても嬉しかったと言います。

「苣木さんから、これまでのいきさつや大事にしたいことなどを、何度にも分けてたくさん話を聞きました。 印象に残っているのは、循環ということへの考え方。 自然の循環ということもありますが、とりわけ関わった人たちの経済的な循環のことも考えられていて。 ものをつくる上でコストカットの発想が全くない。 リスペクトし合える関係性を大事にして、愛情がちゃんと連鎖して、お金もちゃんと回る、ということを、 割と中心に据えていらっしゃるスタンスがいいなあと思いました。男気を感じる。 リーダーシップがあって、でもぐいぐいしているわけではない。基本的には、愛情、というところ。 人柄とセットでの chisaki なんだろうなあ、と思います」

その頃、帽子職人さんの廃業が続き、心を痛めていたという苣木。 関わる方達とは、できるだけ適正な金額でお取引をしたいという思いが強くなっていました。 「大きなことはできないけれど、自分のできる範囲、よりも少し背伸びして頑張るくらいの気概があった」と苣木は当時を振り返ります。

左下)21AWの背景に用意した絵の一部。 
右下)レイヤーを重ねた美しい墨絵のような霞の風景。

to-kichiさんは、コレクションイメージの撮影でトータルディレクションを手がける中で、背景に、幅8mもの絵を自ら描いて用意することも多いのです。 ひんやりした雪山のような風景も、霞の立ち込める森の奥のような背景も、窓の外に広がるような夏景色も。

「コレクションの度に、一つ新しいことをしようと思って、毎回裏テーマをシェアして進めています。常に意識しているのは、凛とした感じ」

上)雪山のような淡いクールな気配を描いた21SS。 
下)22SS、苣木の描く絵のような世界を窓の外に広げたかった。

帽子がしっかり見えて、それ以外はほぼ何もしていないかのように見える構図で。
先ごろローンチした秋冬コレクションでは、キッズやメンズへの広がりを象徴して、男女の大人と子供のファミリーにも見える3人をモチーフに撮影。 前回までの透明でクールなトーンと比べ、静けさはそのままに、人が集い、微かに熱を帯びたよう。
to-kichiさんの生み出す独特の温度感。 人を刺激しない穏やかでフラットなトーンは、chisaki の帽子がさまざまな個性の人に馴染み、 静かに支えるものであるように、という願いを代弁してくれているように感じられます。

メンズ、キッズ登場の新鮮さを生かし背景はシックに密やかに (22AW)

「すごくパーソナルなことを話しますが、自分自身は、大きく上下して起伏があることが苦手です。 下がるのも嫌だし、上がりすぎるのも疲れる。なるべくフラットでいたい。 その中でどちらかといえば、上のほうにふわっふわっと振れるように、クスッと笑えることを見つけていきたい。
ふと感じる心の動きに敏感であることが、ハッピーに繋がるように思います。心の機微を感じ取る、というか。それも、ポジティブ寄りの」

自分の中にあるユーモアを発見してあげる。ニヤッとする部分、違う視点を見つける。
ユーモアを大事にしているto-kichiさんの、‘peace begins with…’ (平和のはじまり)は、そこにあるのかもしれません。

「いろんな人の話を聞きたいですね。いろんな人の、クスッと笑えることを、知りたいです」

 

to-kichi アートディレクター、デザイナー
1979年札幌生まれ。会社員以外の時間でto-kichiとして活動する間、やりたいことが常にたくさんある。 質感が好きで、それは例えば活版印刷のような、手触りのある質感もあるし、 それだけでなく、例えばスマートホンの動きの質感なども含めた質感について、様々なことを、ユーモラスに表現したい、と言う。