取材・文 森 祐子
写真 砂原 文
取材・文 森 祐子
写真 砂原 文
chisakiのロゴはブルーの水彩で、伸びやかなラインが3本、身を寄せ合っています。そこに手書きの柔らかいchisakiの文字。
デザインをしたのは木原佐知子さん。建築設計事務所などを経て独立後、「sunshine to you!」の名で自身のデザイン活動を広げていました。
その表現媒体は、拾ってきた石や枝、テキスタイル、グラフィックなど様々。
「自然に親しむ、自然を楽しむ」を軸に据えて、モビールやオブジェ、衣服へと展開しながら、デザインとものづくりを続けてきました。
パートナーで音楽家の木原健児さんと暮らす葉山で、2021年からは「海のお店」を開いて、海を知り、守り、共に生きるためのショップ活動をしています。
2015年、ブランド「chisaki」の立ち上げでロゴデザインを依頼。その時、木原さんと苣木は初対面でした。
「初めてお会いした瞬間から、苣木さんはずっとニコニコしていて、その人柄にびっくりしたのを今でも覚えています」
MAISON ENKUというchisakiの会社名は、僧侶の円空を思ってデザイナーの苣木がつけたもの。
円空は、全国を行脚しながら行く先々で木像を彫っていました。
今も残るその仏像を見れば、顔の筋肉が緩んで微笑んでいるようで、つくるものに人柄が表れている……そこにほっとしたという苣木が、
自分のつくる帽子も、かぶってくださる方に少しでも安寧な気持ちを渡せるような存在になれたら、という願いを込めて、会社名にその名を含めました。
円空の生み出す安らぎ。まさに円や空のイメージとも重なります。
木原さんは、まる、風のようにたなびく線、そして雲をいくつも描きました。
最終的に選ばれたのは、3本の線でひとつのかたちをつくる「雲」のようなロゴマーク。
「包み込むような苣木さんご本人の人柄にも重なるし、かたちが帽子みたい」という木原さんの思い。
それは苣木の「MAISON ENKUのMAISON(家)には、ファミリー的な感覚を込めた。
関わる人みなを大事に愛していきたいし、そんな人が集まるところにしたかった」という思いとも繋がります。
一本の線では表せない、chisakiのかたち。豊かに想像を広げる、chisakiのかたち。
「当時は直感で進めましたが、今、思い返しても、chisakiのイメージ通りだと思います。
おおらかで自由。心から楽しんで作っていて、軽やか。あふれ出てくるようにつくる種類が豊富で、すごいなあと思います。
しかも、その一つひとつ、全部に名前をつけている」
木原さんも、自分のデザインには全て名前があるそう。
「Sunshine to you!」のデザインや、「海のお店」を構成する佇まいからは、潔さや、透明感のある純粋な美しさが伝わってきます。
「頭の中は常にぐるぐる考え続けてしっちゃかめっちゃか」と笑う木原さんは、
そのぐるぐるの先に、上澄みのように見えたものを丁寧にすくい取っているように思います。
自然という軸を通した活動が、デザインやものづくりだった時があり、
今は、お店であり、またいつかは違うところに行くのかもしれません。
近い将来、木原さんはまた新しい一歩を踏み出すと聞きました。
木原さんは2014年から葉山に移住。 今は、デザインしてものを生み出し、消費して生きていく、という生き方から、 少しずつ自分たちで暮らしをつくることへと向かっています。 大家さんに畑の一部を使わせてもらいながら、竹林の間伐材で竹炭をつくるなど、周囲の人々と共に、試みを深めていく日々。
「土地は地球のもの。みんなで関わって、守ってきた人たちに敬意を払って生きたいと思います。
どこに住んでも、土地を占領するのではなく、周りと調和しながらやっていけたら。
今も、大家さんがそれまで大事にしてきた畑や山林をお借りしたり使わせてもらったりしています。
でも、使い手がいきなりバトンタッチして好き勝手にするのではなくて、それまで関わってきた方々に敬意をもって、やり取りしたい」
敬意――。
「海のお店」に至る過程で、木原さんは、循環型社会のことをたくさん知り、考えてきました。
最近「これ!」とピンと来た考えが、環境に配慮するキーワード「3つのR」(Reduce-Reuse-Recycle)のトップに、
「Respect(敬意を払う)」を付け加えること。ゴミ清掃員で芸人の「マシンガンズ」滝沢秀一さんが、インタビューで答えていた言葉だそう。
敬意を払い、周りと調和して生きる。
それは、chisakiの信念 Peace begins with a smile. が発信していることと、深く重なっています。
出会った頃の直感は、深い共感とともに必然となって、二人を結びつけているようです。
葉山の海の近くに住む木原さんと、数年前から北海道に暮らし始めた苣木。
仕事から関係性が始まった二人は、「自然に親しむ」という共通の喜びでつながっています。
暮らしの中で、自然から受け取る喜びを大いに味わう。より深く、より長く。
「植物学者の牧野富太郎さんの言葉が、常に近くにあります。
皆さんにも伝えたくて、時々、言葉と石、植物を使ったワークショップをしていたくらい」
“人の一生で、自然に親しむということほど有益なことはありません。
人間はもともと自然の一員なのですから、自然にとけこんでこそ、
はじめて生きているよろこびを感ずることができるのだと思います”と記された、
子ども向けの書『牧野富太郎植物記』の一節。
高知県にある県立の牧野植物園にも牧野さんのプロフィールの脇に大きくパネル張りしてあります。
“自然に親しむためには、まずおのれを捨てて自然のなかに飛び込んでいくことです。
そして、わたしたちの目に映じ、耳に聞こえ、肌に感ずるものを素直に観察し、そこから多くのものを学びとることです”
どんなときも、自然と常に触れていれば、いつの間にか、自分の悩みが洗い流される。小さなこと、取るに足らないことだと気づく。
木原さんの、Peace begins with a smile. が、聞こえてくるようでした。